百万石の次回予告Column 005

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2008.12.5 On Air Theme 『大掃除』
年末、そもそも師走が嫌いな自分は、その嫌いな理由の一つに大掃除がある。
師走ってのは坊さんが走り回るくらいに慌ただしいから師走と呼ばれるのであって、坊さんから見るとゾッキーとあだ名をつけられてもおかしくない くらいに俗世間にまみれた自分だから、この時期は毎度のことながらアホみたいに忙しい。世間が忙しけりゃ自分も忙しいのは、まさに俗世間の ど真ん中にいるからである。

毎日家に帰るころは廃人のような顔をして玄関のドアを開け、明くる朝にはとても残念な顔をしながら仕事に出かける。こんな毎日がひと月過ぎて、 ようやく年末年始の休息を迎える。

何もしない、何もしちゃいけない、どうかすると呼吸さえも、と思いながら布団を噛みしめ味わっていると、嫁が雑巾とバケツを携えてこちらに やってくる。
オレは新年を綺麗な家で迎えるほど高貴な人間じゃない、だって坊さんからはゾッキーなんて呼ばれてる、いや、呼ばれてるかもしれないんだたぶん、 ゾッキーてあれだ雑巾のことじゃなくて俗世間のゾッキーね、なんて白目で言っても嫁は自分に比べたらまだゾッキーのゾくらいなので、 大掃除は必要だと懇々と話す。

ベランダに出て雑巾で窓を拭くくらい楽しく無いものは無い。有酸素運動に近いもんがある。まさに己との闘い。ランニングした後に笑顔で 「気持ちいいね」なんて言う輩がいるが、橋田壽賀子のドラマとかCMの観すぎだ。終わりが来て良かった、やっと終わった、やっと自由になれたと ホッとするのがリアルである。

なかなか綺麗にならない窓を見ると、やつれた自分の顔が映っている。随分ひどい顔だと毎年思う。まるで自分の顔を雑巾で拭くように窓を ゴシゴシ磨く。まるで年内に起きた忌々しい出来事を脳味噌から打ち消すかの如く必死に磨く。すると窓についた垢が徐々に取れていって、 やがてマッサラな窓に戻る。
その瞬間、きれいな窓に映った自分の顔を見ると、さっきのやつれた顔とは違って、美しくになった窓に少しだけ満足したように見える。



・・・・・・というのは嘘で、自分の顔なんか見ずに寒い、なんで大掃除て毎年冬にするんだよ、もう冬将軍のオタンコナス!耳毛ボーボー!と 言いながら家の中に入る。

なんで大掃除て年末なの?別に年度末でいいじゃんね。春やし。



2008.12.19 On Air Theme 『雪』
我々九州の人間にとって、雪に対してはとにかく「珍しい」というイメージがある。
幼い頃、朝起きると窓の外が銀世界に囲まれていた時は、それはそれは大はしゃぎだった。今日がこの世の始まり、まるで自分が天下を取ったような 気分になったものだ。

しかし大人になり、雪が積もるとおお珍しいと思えども、心躍ることは無くなった。とにかく、色んなものが滞る。
例えば自分が外に出て身動きするのも不便だし、慣れない寒さは自分からやる気というやる気を全部かっさらっていく。なんとか頑張って雪仕様に 自分の頭と身体が変わったころには、すでに外の雪は塗れた地面に水となってキラキラ輝いている。

私は、学生時代の一番時間がある頃にウインタースポーツに触れる機会が無かった。だから、ゲレンデラブというものが理解し難いのだ。
なんだろう、あの銀世界がその人の容姿を高める魔法でもあるのだろうか。それどころか周りにはゲレンデラブのみに憧れていた連中もいた。 雪に囲まれた世界に男は逞しく映り、女はか弱く見えるのだろう。いち早くそういった精神状態に自分を持っていくのなら、ゲレンデに行くよりは さっさと吊橋か心霊スポットに行けばいい。

しかし、私は思うのだ。これこそまさに「食わず嫌い」なんじゃないか椀??献?と。

実際過去に自分がゲレンデラブの一度や二度、もしくはスキーやスノーボードの才能を見出し、自分の目で次々に変わり行く銀世界を味わうことが 出来たのなら、「雪マジ最高」とこのコラムの冒頭に書き出していたのではないか、と。
人は酒がほとんど飲めない私に向かって「酒飲めないのは人生の半分は損している」と言うが、きっと雪やウインタースポーツにも同じことが 言えるのではないだろうか。

私は、心底教えてほしいのである。雪、そしてウインタースポーツの魅力を。

学生ではなく、大人として、30代としての雪の楽しみ方を教えてほしいのである。



2009.1.9 On Air Theme 『友達』
意外かはたまた順当か、自分は友達が非常に少ない。
なぜって、齢三十過ぎて友達と遊ぶとなれば酒を飲むしかない。少しはたしなめるようにはなったが、瓶ビールのグラス2杯が限界で、 それを超えるとその友人に甚だ迷惑をかけるばかりか冷たい視線を感じながら家路につくことになるので、ギリギリ申し訳ない気持ちと ともに烏龍茶で遣り過ごす。昔は烏龍茶で酔っ払うフリが日本一上手かった自分だが、大人になって出来た友達にはそれが通用しない。

そう、ポイントはここだ。
烏龍茶で酔っ払うフリを見過ごしてくれる友達とは、仕事や家庭などの事情で少しずつ疎遠になっていき、自分の周りにはとかく リアリティだけを突きつけてくる人達が増えた。いつしか自分でそういう友人ばかりを選んでいたのかもしれない。正直言って酒で べろんべろんに酔っ払ったヤツの話なんて信用の「さ」の字も無い。酔っ払いと交わす会話は、おもちゃをグルグル廻すハムスターに向かって 前の週に観たドラマのストーリーを延々と語るくらい不毛なものだと思っている。例えそこで交わされた話の中に、仮に「有益な情報」や 「事の真相」が含まれていたとしても、信じないようにしている。その席で聞いてしまった自分が「運が悪かった」と思えば済む話だ。
喫茶店やファミレス、別にショッピングモールの踊り場でもいい。でもタバコが吸えるところがいい。そこで、自分が頭を金槌で殴られて 口から吐く煙が紫色に見えるような心臓をぐいぐい抉ってくるような脂っこい話をしてくれる人が、自分にとっては友達かなと思っている。 こんな人はたくさんいないし、自分が同じようにその友達に対してドギツイ話をすることが出来ているのか自信も無いので、友達が自分のことを 友人として見てくれているのかも怪しい。

うちの親父も友達が少ない人だった。昔はたくさんいたらしいが、歳を追う毎に減っていったのだそうだ。親父も自分と同じように酒が飲めず、 そして息子の自分に、今思えば脂っこいどころか全身にバターを塗りたくるような話ばかりしていたように思う。親子の関係は永遠に変わることの 無いものだが、この歳になった今、親父とはかなりコアな友達なのかもしれない。

もちろん人それぞれなのだろうが、その人にとっての友達とは、時間や刺激を共有するのももちろんだが、与えて与えられることのほうが 価値がある。
与えられっぱなし与えっぱなしでは面白くないのだ。自分がどれだけその人の心臓を動かせるのか、また、どんな話で頭がヤラれるんだろうとか、 友達と会う時はいつも緊張するし、ワクワクするのである。



2009.1.23 On Air Theme 『くつろぎ』
自分にとって今、あくまで今、どこが一番くつろげる場所なのだろうと考えてみた。

新幹線。これ最強。

おそらくほとんどの方が「自宅椀??献?」とこたえるかと思うが、実際に身を削って、それどころかどっかから人体模型借りてきてそれを削ってまで マンションを買ってみると、昔はキノコでも生えてきそうな安普請に潜んでいた自分からは考えられないくらい家を大事にするようになってしまい、 おちおち自分が横になった場所にさえゴミがついてはいまいかと神経尖らせる始末。こないだシュークリームを食べる時に左手を口の下に持っていき、 下にガワが落ちはしまいかとドキドキしながら味わい、否、味わうのもままならず右手のシュークリームが口の中に消え、下を向くとガワのカスが 落ちてないことを確認すると、ムツゴロウさんのようによーしよしよしよしとニンマリ笑うような場所が、果たしてくつろぎの場所なのであろうかと。 シュークリームの意味無いやんかってね。これでマンションの金額は105円アップしたようなもんさね。

新幹線。なんて素敵なんだろう。

まず、携帯の電波が基本的に通じない、ことになっている、だからだいたい電源を切っている。これはかなりデカイ。誰にも邪魔されず、メールや 電話で不快な気分になることが無い。スーツケースを上にしまいこみ、ジャケットをかけて、座席のレバーを力いっぱい引いて、力いっぱい引くわり にはゆっくりと倒れていく座席。「ああ、勝った。オレは自由を手に入れた」と思える瞬間。

少なくともその時間は寝れる。しかも仮眠。マジ寝より仮眠のほうが好きなのだ。マジ寝した時の目覚めは、まるでこの世の終わりが急に訪れたような 気分になるので、多少現実が頭の中に残る仮眠のほうが夢から目覚める時の覚悟が出来ている。博多に戻ってきたとき、もしくは出先につくとき、 目覚めた時の「あ、今からオレ何するんだっけ?」がたまらなく落ち着く。

飛行機という選択肢もあるかと思うが、飛行機は離陸の瞬間にアドレナリンが一気に噴出するのが自分でわかる。くつろぎにはアドレナリンは不要。

むしろ、くつろぎという話を除いても、最近はアドレナリンがうざったくてしょうがない。その先に見えるものがあまりにも拙くて暗いものが多いから だ。

くつろぎの空間とか落ち着ける場所ってのは人それぞれだと思うが、別に他のたくさんの国に行ったわけでも無いけど、僕らが住む日本には、 くつろげる場所というのが圧倒的に少ないんだと思う。実際、おかしいと思うもん、なんだ新幹線て。でも、普通に過ごしているどこにでもいる 30代の男が、そこに導き出される答えが新幹線なんだからしょうがないじゃないか。むしろオレは正直かもしれん。だって、「くつろぎのカフェ」 とか街中にたくさんあるし、リラクゼーションを売りにしたマッサージだってむちゃくちゃ流行ってるわけだし。くつろぎが商売になるなんて、 いやホントにすげぇ国だよ日本わ。いろんな意味で。



2009.2.6 On Air Theme 『バトル』
こないだの大相撲初場所は、15日を通してものすごい盛り上がりだった。
千秋楽に相対した横綱・白鵬と朝青龍の「バトル」。本割は白鵬、決定戦は朝青龍と、互いの実力を余すところなく発揮し、そして見事に朝青龍が 復活Vを遂げた。

本割の15日間、唯一敗れたのは白鵬だけで、他の力士をことごとく退けてきた朝青龍。優勝インタビューでは感極まって涙も見せるなど、ケガによる 休場明けのこの場所が決して楽では無かったことを本人が物語っている。23回目となる今回の優勝は、今までの強い横綱として味わってきたモノとは 違って、苦しい中で掴んだ非常に価値のあるものだ。

しかし、残念でならないのは、その朝青龍本人の苦しさや嬉しさを踏みにじるような、マスコミの批判的な態度である。いつから日本のマスコミは 「捻くれ者」になってしまったのだろうか。
確かに、我々読者視聴者が知り得ない情報を提供してこそマスコミの存在価値があるのかもしれない。しかし彼らはあくまで記者であり、評論家でも コメンテーターでも無い。誰が想像と私意が入り混じった範囲で記事を書けと指示したのだろう。な椀??献?りふり構わず勝利にこだわり、場所前の不利な 予想を覆そうと必死に闘ってきた朝青龍に対して、「横綱としての品格が無い」と突っぱねるようでは、印象操作をしていると言われても おかしくない。

何だ、品格って。
じゃあ過去の横綱に品格があったのか?
おかみさんを殴って破門になった北尾は、場所をさぼってサーフィンに勤しんだ北の富士は、それこそ近年ではもっとも品格のあったとされる貴乃花 だって兄弟喧嘩で世間を騒がせたじゃないか。
今逆に品格があるとされる白鵬は、完璧な人間なのか?
優等生はいても、完璧な人間などこの世にいないことぐらい、マスコミが一番よく知っているだろう。彼らは日々の取材の中で、人間のどの部分を見て 記事を書くのだろうか。
彼らは事実を伝えるのが仕事であり、仕事の中で真実を追い求めるのは自由だが、それを受け手に押し付けるのは違うと思う。優勝決定戦で、土俵を 先に割った白鵬の表情、あれが全てじゃないか。白鵬の顔は、完全な力負け、やってしまった、少なくともオレにはそう見えた。それでも、「15日 通しての軍配は白鵬」、「品格の備わった真の横綱は白鵬」、そう書くのなら、オレは二度とその記者の書く記事は真っ直ぐな目では読めない。 馬券が外れて「あの馬とこの馬が入れ替わっていれば」と嘆いてゴミみたいなグチをこぼすオレが書く文章となんら変わりは無いだろうが。
本割は朝青龍の油断もあり、白鵬の一方的な相撲になった。それも事実。しかし、優勝決定戦では立会いから頭をつけて左を差した朝青龍の完勝。 これも事実。
この決定戦での完勝こそ、朝青龍が苦しい中積み上げてきたモノが評価される唯一の場面である。それを蔑ろにして白鵬を持ち上げるようでは、 もちろん朝青龍にも失礼であり、むしろ真剣勝負をした白鵬にも失礼じゃないのか?


もともと奔放な性格もあってか、朝青龍はマスコミに良いイメージを持たれていない。必要以上に揚げ足を取られ、本人も相撲以外のところで神経を 使うこともしばしばだろう。彼は土俵上の目の前の相手だけではなく、モノを斜めにしか見れないマスコミや世間とも「バトル」を繰り広げてきた。 そこで培われてきた精神力、見返してやろうという野心、これらが、マスコミが言うところの「稽古不足」をカバーしたのだと思う。
今の相撲界に本当に必要なモノは品格では無い。負けたくない、絶対に勝ちたい、その心から現れる「力強さ」だ。やはり、相撲の内容が激しく 力強いものになれば、ファンは一番盛り上がるし、それが一番の醍醐味である。
マスコミが朝青龍を品格不足、稽古不足と批判するなら、その稽古不足の朝青龍に土をつけられなかった他の品格を持った力士達の資質を批判するのが スジだ。それも出来ないなら記者を名乗る資格は無い。

逆にあれだけ持ち上げられてきた白鵬の心中は穏やかでは無いはずだ。彼もまた、朝青龍がいない間に綱を守ってきたプライドがある。モンゴル出身の 二人の横綱のバトルは、まだまだ終わらない。朝青龍は帰ってきたのだ。これからしばらく続くであろう抜きん出た力を持つ二人の横綱の闘いを、 正面から伝えることが本当のマスコミの仕事だとオレは思う。



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